- 5月 25, 2026
胃腸の漢方 その2 ~冷えと熱~
今回は胃腸の漢方第2弾です。今回はちょっと専門性の高い「脾胃の熱」 の話になります。ちょっと難しいというか、東洋医学の独特な考え方になりますので、ご興味のある方はお読みいただけますと幸いです。
胃腸の漢方 第1弾のブログはこちら→ 胃腸の漢方薬その1 腹痛

胃腸、消化器症状に対して、基本的に漢方はよく効きます。自分自身も常備薬としてよく使用しており、患者さんに西洋薬との併用もしばしば処方しております。ただ、消化器症状に対する漢方を処方するうえで、時折悩ましいのが、「腸管が冷えている」か、「熱を持っているか」の判断です。
消化器症状に対する漢方を処方、服用する場合、この 「冷えと熱」 の判断を身につけないと、効果的な運用が難しくなります。
西洋医学的(科学的)に考えると、腸の温度が症状に関連する?というのはちょっと変な話なのですが、現実問題として、「おなかが冷えると下痢をする」 という方は一定数いらっしゃいます。特に小さなお子さんは、おなかを冷やして体調を崩してしまうことはよくあります。
実は、腸管の熱と冷えについては、漢方をよく処方する薬剤師さんや、漢方を処方する医師も間違えることがあります。これには理由があります。いわゆる「寒熱」と言われる「体全体」が熱を持ったり、冷えている状態と、漢方学的に「消化管が熱や冷えを持っている状態」とは異なることがあるのです。
一般的な東洋医学では、胃腸が冷えて調子悪いという人であれば、人参湯や安中散を使います。逆に炎症を起こして熱を持っている場合は黄連解毒湯、半夏瀉心湯など、炎症や熱をとる薬を選択します。
しかし、それをしっかり見極めるのは結構(というか、かなり)難しいのです。
たとえ話になりますが、とても体格の良い筋骨隆々ガッチリボディの方がいて、大変暑がりで、顔も赤くて体全体が熱を持っている状態(例えば夏で熱中症のような状態)ですと、おなかも熱をもっていると考えがちです。でも、実はアイスを食べすぎて(3つも4つも食べて)腸は冷え切っていることがあります。本来であれば腸を温める人参湯を使用する所に、「体が熱証だから」と勘違いをして腸を冷やしてしまう黄連解毒湯などを使用してしまうと、効かないどころか症状は悪化してしまいます。

もちろん冷えと熱の中間という事もあるのですが、このあたりの判断は意外に難しく、間違えてしまうと効く薬もかえって逆効果となることがあります。
このように、今回はちょっと(かなり)ややややこしい話になってしまいますが、このあたりの腸管の冷えと熱について、解説したいと思います。
そもそも消化管の熱とは?
極論になりますが、感染症などで起きる胃腸炎が、代表的な東洋医学でいう「胃腸(脾胃)の熱」です。、腹部の痛み、炎症、ゴロゴロ音がする感じがして下痢をしているなどの症状は基本的に腸が熱を持っている(炎症を起こしている)ことが多くなります。腸が活発に動いている状態です。逆説的ですが、「下痢だから熱を持っている」 と考えると間違いのもとになります。ほかにも潰瘍性大腸炎や、クローン病などの炎症性疾患も基本的には熱を持っている状態と考えて治療に当たります。

ただ感染の炎症だけでなく、刺激で(辛い物やスパイス、食中毒などで) 消化管が熱暴走を起こしているような状態もありますし、水分不足で乾燥傾向となり、車のラジエーターが働かないような原理で消化管を冷やせずに熱を持ってしまうこともあります。
逆に腸が冷えてしまっている症状は、気温の低い冬場や、薄着で胃腸の調子が悪くなったり、夏でも冷たいものを食べすぎたりして冷えるのが典型的です。先ほども触れましたが、「下痢」自体は、炎症で下痢をする場合と、冷えて下痢をすることもあり、消化管の寒熱の鑑別の材料としては、あまり役に立ちません。

では実際におなかの診察(触診)をして、おなかに触れることで正確に判定できるかというと、実は結構難しく、やせている方が冷えている場合はおおむね脾胃の冷えてとして考えられますが、体格の良い方ですと、皮膚表面まで消化管の熱が伝わりにくく、判断しにくいこともあります。
冷えたり熱を持ったりする原因や症状は?
一般的に腸(脾胃)が冷えてしまう原因は、冷飲食、生もの過多、疲労、加齢、過度なダイエット、気温による冷え(冷所での長時間の作業)などがあります。よくある症状としては、冷たい食べ物で悪化、温かい物で楽になる、 普段から下痢をしやすい、なんとなく元気がない、朝に腹痛・軟便が多い、胃もたれや食欲低下、手足も冷える、むくみ、白っぽい舌・厚い白苔などがあります。
逆に熱を持つ原因は、前述した感染などの炎症や、辛い物、アルコール、脂っこい物、ストレス、睡眠不足や過食も熱を持つ原因になります。よくある症状は、胃がムカムカする、胸焼け、口臭、便秘、食欲旺盛、のどが渇く、冷たい物を欲する、イライラ、黄色い舌苔、赤い舌などがあります。
また、先にも触れましたが、同じ一人の「体全体と腸」ではなく、同じ (腹部の中)で熱と冷えが混ざっていることもあります。
上部消化管(胃や食道)と下部消化管(直腸、結腸など)で熱と冷えが混在するような状態 (寒熱錯雑) です。例えば、もともと胃炎、逆流性食道炎があって上部消化管は熱を持っている状態なのに、冬の寒い屋外で仕事に長時間従事し、下部消化管は冷えてしまい下痢になってしまうような事もあります。このような場合は治療が難しくなりますが、いわゆる西洋薬を併用して、上部消化管は胃酸を抑える医療用のPPI(ピーピーアイ)と呼ばれる薬(例えばボノプラザン(商品名:タケキャブ®)など) を使用し、胃炎、逆流性食道炎を治療しながら、冷えて下痢をしている症状には漢方を併用するなどの方法をとることもあります。

では実際に使用する漢方薬は?
以下に代表的なものを紹介してみます。
● 「 熱を持っているとき 」に使用される漢方薬
・黄連解毒湯 体の熱もあり、消化管も熱をもっているときに、体を全体的に冷やす薬です。特にのぼせなどがある時、皮膚のかゆみや、胃の不快感、胃がむかむかするときには頓服的に服用しても効果的です。暑がりの方の二日酔いの吐き気にもよく効きます。下剤の力を持っていますので、おなかが弱い場合は減量したり、短期で使用します。
・ 半夏瀉心湯 感染性腸炎などで、吐き気と下痢がある時に。おなかがゴロゴロして、不快な時に。下痢が強いときには「五苓散」と一緒に服用することもしばしばあります。急な下痢症状の時にも。
・ 三黄瀉心湯 便秘が強い熱証の方の消化器症状のあるときに。顔ののぼせや顔面紅潮、肩こり、耳鳴にも効果があるといわれています。「瀉心」とは心と胃の火(熱)が亢進しているときにこれを取り除くという意味になります。昔は(西洋医学の止血剤などがない時代には)吐血、下血などに使用されたこともあるようです。
・防風通聖散 ダイエット目的に使用されることで有名な漢方薬ですが、本質は解毒にあります。脂肪の燃焼を助け、パンパンになった太鼓腹に使用するといわれますが、体の炎症をおさえ、代謝の停滞を取り除く、攻めた薬です。現代医療でいえば炎症性サイトカインの亢進を抑え循環を促す方向に働くと言えます。
・白虎加人参湯 熱中症の時に使用される漢方です。暑いところで働く前に服用してもらうこともあります。体を冷やしつつ、体の中の潤いを保つ働きを持ちます。発汗で脱水傾向になると、体の中に熱がこもって腸管も乾いて消化器症状が出ます。熱で干上がった身体に、潤いを戻しながら冷ます処方です。
では続いて「冷えて」しまった時の処方になります。
● 「 胃や腸が冷えているとき 」に使用される漢方薬
・安中散 冷え性の方の、胃の痛みに対する方剤としてよく処方されます。上腹部痛の痛みの原因には胃潰瘍をはじめ、ストレス性胃炎、胃痙攣、機能性ディスペプシアなどがありますが、いわゆる「痛み」がみられるときに使用すると効果がある印象です。ほかの漢方の胃薬とは異なる生薬が含まれており、西洋薬や、漢方の他剤で効果が今一つの際にも、追加変更でも効果が期待できます。
・桂枝加芍薬湯 過敏性腸症候群に対して使用される比較的有名な薬ですが、腹部を温めて、腸の痙攣を治める力を持っています。腹痛でも腹部中央や、側腹部、下腹部に10~30分おきにみられる間欠痛に用いられます。温める作用があり、熱証の人には使用しにくい印象がありますが、その際は芍薬甘草湯を使用することもあります。症状がひどい方は桂枝加芍薬湯にさらに芍薬甘草湯を頓服的に加えることもありますが、甘草の量が多くなるため、連続での服用は注意が必要です。
・人参湯 冷えて下痢する際によく使用されます。しかし、腸があまりに冷えすぎると、蠕動運動も働かなくなり、下痢さえせず、便秘となることもあります。いわゆる生薬の人参、乾姜が腸を温め、腸をいやしつつ運動機能の回復を図ります。アイスの食べ過ぎなどで腹部症状が強い際にも、この薬を温服(温かい湯で服用)していただくことがあります。
・六君子湯 食欲不振の代表的な薬です。とにかく食欲が落ちているときに。温める力はそれほど強くありませんが、熱証の方には少し使いにくい薬です。比較的元気がありますが、食欲低下がメインになります。元気もない状態は、補中益気湯を使用することが多いかもしれません。
・真武湯 体力が衰えて、冷えやむくみ、下痢などの際に使用されます。体の水分代謝が落ちて、体力も低下しているときに使用されます。生薬の附子を含みますので心臓への負担が増える可能性があり、不整脈などのある方は服用に注意が必要です。
・小建中湯 お子さんに処方される印象の強い小建中湯ですが、前述した桂枝加芍薬湯とかなり似ている処方です。消化管を温める方向に働き消化機能を高めますが、高齢の方の、なんとなく冷えておなかの調子が悪い時にもよく処方し、効果が出ている印象です。
・大建中湯 やはり腸を温める薬になります。小建中湯と合わせて「中建中湯」として処方することもあります。傾向としてどちらかと言えば高齢者に処方する印象のある薬ですが、基本的には腸が冷えて動きの悪くなっているときに処方される薬です。逆に炎症や熱を持っている状態での便秘、下痢にはあまり効果が出ません。かえって悪化してしまうことがあります。ただ例外として、腸の手術の後などには、手術の侵襲による炎症があるものの、手術で腸が冷えてしまい(外気に触れるので)、動きが悪くなった腸にカンフル剤的に使用されることが多くあります。
まだまだ他にもあるのですが、キリがないためこの辺りで。
腹部の症状を診てゆくときに、東洋医学的にはこのような腹部の熱の有無を一つの判断基準として、治療に当たります。この辺りは西洋医学的にはあまり詳細がわかっていない(エビデンスの少ない)部分です。そもそも消化管の温度だけではなく、局所の炎症や、自律神経などもかかわってくるので、絶対的な数値のデータを取得しにくい側面があります。症状の改善の度合いも数値にしにくいため、科学的、統計的なエビデンスになりにくいとも言えます。
今回は専門的な、東洋医学のちょっと独特な世界観の解説になってしまい、戸惑わせてしまったかもしれません。最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。何か気になる症状がある際には、お気軽にご相談ください。