• 5月 26, 2025

東洋医学的な診断、「証」について

今回は、東洋医学的な診察、診断、とりわけ「証」について解説してみたいと思います。今回は少し「専門的」な内容になります。小難しい表現もありますので、正直、「なんじゃそれ?」となる方もいるかもしれません。変な話、医療従事者でさえ「なんじゃそれ?」となる方もいらっしゃると思います。

東洋医学的な診断は、東洋医学の「とっつきにくさ」の最もたるものですが、できるだけわかりやすく解説したいと思います。それでも難しい部分は多いと思いますが、ご興味がございましたら、ご一読いただけますと嬉しいかぎりです。

陰陽虚実、気血水

東洋医学の診察、診断によく使われる言葉で、「陰陽虚実」、「気血水」といった表現をお聞きになった方もいると思います。これまでのブログの中で少し解説したこともありますが、東洋医学の中では、「証」と呼ばれるもので、診察所見や患者さんの体質を表す指標になります。その語感から、ぼんやりとしたイメージは沸くかもしれませんが、ただ、その実態はなかなかに難しいものです。「こんな感じだよ」という概念はあるものの、明確な分類というか、はっきりとした定義づけ、数値による線引きはできません。この辺りが、東洋医学を学ぶ際のあいまいさであり、嫌われてしまう大きな要因でもあります。しかし、この証を見てゆくことで、より効果の出やすい漢方の生薬、方剤を選択することができます。内服によって効力を発揮する「可能性」が高くなるのです。

しかも、このような指標というかパラメーター、分類法がいくつもあり、どこまでを「証」と呼ぶのかむずかしいところはあります。表面的な症状、病態、体質だけでなく病気の進行度や、臓器的な評価もあります。今回はあまり細かいことは考えず、東洋医学的な診察、診断を総じて「証」と呼ぶこととします。

具体例を挙げれば、暑がり寒がり、体力、疲労感、尿の回数、睡眠、ストレス、慢性急性、病状の進行度合いなども診断に関わります。たとえば「頭が痛い」という症状であっても、頭の先はもちろん足先まで診察し、生活習慣や普段のストレス、病歴なども確認をしないと、処方の決定が不安定(候補を絞り込めない状態)になってしまいます。実際の診察では、「頭が痛い」のに足のむくみを診たり、冷えやのぼせ、排便についていろいろ聞いたり、脈をとったり、おなかを執拗に診察したりすることがあります。これは論理的、一般的に考えると、一見関係がない、ナンセンスともいえる行為なのですが、東洋医学的に見ると、とても大切な診察なのです。

ではなぜ、このような意味不明とも思われる診察をするのでしょうか

それは、漢方が千年以上という長い時代の中で育ってきたことと関係します。

昔は、当然ながら採血検査などの科学的な検査はなく、例えば「コレステロール」などの概念もありませんでした。もちろん心電図もレントゲンも、血圧でさえその概念がなかった時代の医療になります。基本的には患者さんの訴え、体に現れる多くの症状や所見、体力、体重などから、また、誤解を恐れずに言えば患者さんの雰囲気も含めて、五感を使用して確認しうる、あらゆる情報を観察して、診療をしていました。そしてその状態をみながら、多くの薬の効果と、病状との「組み合わせ」を調べていったのです。そうして役立つ情報を厳選し、結果的に残ったのが、今の診察法と診断結果である「証」という訳です。

例えば、「この薬は頭痛に使われるが、冷え性の所見のある人には特に効果があり、体格の良い便秘気味の人には効果が薄く、むくみのある人にはある程度の効果があった」等の一人ひとりの患者さんの治療経験を記録し、ひたすら有効無効のデータを蓄積(経験)して、多くの医師がそれをまとめ、組み合わせ、体形化してゆきました。生薬の作り方、組み合わせ、その効果を一つ一つ検討していったのです。

当然ながら役に立つ情報もあり、それ以上の役に立たない情報もあふれていたと思います。メールもSNSも、下手をすると紙すらなかった時代です。戦乱の歴史の中で失われた流派や記録などもあったと思われます。それでも、膨大な数の薬(生薬)の種類の組み合わせと、患者さんの所見と、効果、逆効果を確かめながら、大切な情報を拾い上げてゆきました。気の遠くなるほどの手間と時間をかけてまとめられ、重要と思われる情報を、細々と受け継ぎ、伝えられてきたのが現在の東洋医学です。言い過ぎかもしれませんが、大量の岩石の中から抽出された宝石を集めて、家宝として長い間、大切に受け継いでいるようなものです。

現代的な観点で見れば、エビデンスも、数値データも恥ずかしいほどに乏しい医療体系ですが、それでも膨大な時間と記録と、「先人の努力」が費やされてできた医療体系でもあります。それが科学全盛の現代でも説明のつかない病態に効果を発揮し、西洋医学でも治らない疾患さえ改善させることがあります。科学の裏付けがないからこそ、逆に科学の常識に縛られず、より自由な発想で治療法を検討することができたとも言えます。

したがって、現代医療の検査データだけではなく、多くの蓄積された「言い伝え」を参考に処方を考えてゆきます。より効果が出やすい生薬の組み合わせを見つけ出すために、昔ながらの診察方法も用いて、体格、体質、脈、腹部所見、舌の状態、食欲、便の状態など、多くの所見を参考にしながら薬を選んでゆくのです。

科学的根拠はないの?

人間の体の一部の不調が、離れた別の部位や臓器に関係しています。これは東洋医学的には常識なのですが、西洋医学的、科学的に証明されているかというと・・・、実はまだまだなのです。ただ、少しずつではありますが、解明もされてきています。例えば腸と脳の関係(脳腸相関:腸の働きを改善すると、精神的な症状も改善する)や、鍼灸のように、離れた場所に打つ鍼が、からだの別の場所の不調を治すことはよく知られています(361個のツボが世界保健機関:WHOに認定されています)。現代科学がやっと漢方の奥深さに追いついてきた、とも言えるかもしれません。漢方の説明の難しかった副作用についても、科学的に多くの見解、機序が見出されています。今後、さらに効果も、副作用のメカニズムも解明されてゆくと思います。

では、続いて、具体的な「証」についていくつか解説をしてみたいと思います。

陰陽虚実

まずは陰陽虚実です。東洋医学的な体質の評価として、陰と陽、虚証と実証という考え方があります。

陰と陽は、体の状態の指標の一つです。もう少し踏み込んでい言えば、陰と陽の中にいろいろな「要素」があります。体温が低い、高い、食欲のあるなし、顔色の良しあし、睡眠と活動、気分の落ち込み、高ぶり、などなどです。これらを総合的に判断します。

虚と実については、どちらかと言えば体の反応性機能的側面、ざっくり言ってしまえば体力です。寒がり暑がり、消化機能が高い、低い、声が大きい小さい、繊細、豪快などになります。ちょっと変な話ですが、体が大きいから(例えばボディビルダーだから)と言って体力があるとは言えないのが虚実の面白いところです。

このような要素の状態について、なんとなくどちらが陰か陽か、虚証か実証かについては想像に難くないと思いますが、では、「陽証や実証の方が良いか」というと、実はそうではありません。過ぎたるは何とやらです。

陰と陽

万物流転という言葉がありますが、陰と陽について大切なのは、常に入れ替わったり、行ったり来たりするものです。どちらかが良いという事ではなく、 そのバランスが大切です。これは漢方の「中庸」という考え方で、どちらかに偏りすぎれば、いずれ不調の原因となります。食欲があっても食べすぎれば消化機能を壊しますし、顔色が良すぎても、過ぎれば火照りや、のぼせの原因にもなってしまうのです。

では、なぜそのように虚実を評価する必要があるのか?といいますと・・・、良い例とは言えないかもしれませんが、例えば色とりどりの絵の具で描かれた抽象画があり(いろいろな陰と陽の要素があり)、これを一言で表現するのはなかなか難しいところです。しかし、一度すべてを白黒写真にして、白い色彩が多いか、黒い色彩が多いかを見て、シンプルに全体の傾向を評価する、という感じです。

現在の患者さんの状態が、全体的なイメージとして白っぽい状態なのか、黒っぽい状態なのかを知ることで、これが診断の一助になり、より効果を期待できる薬の選択が絞られるのです。

虚と実

では虚実についてはどうでしょうか。「機能的な評価」と考えれば、もちろん実証のほうが体力があり、代謝や成長、治癒も良いように見えますが、逆に言えば発熱しやすく、風邪などの症状が強く出現しやすい側面もあります。体力に自信がありすぎて、不養生になったりお酒を飲み過ぎたりという事もあります。体力のありなしにより不調が出る反応や傾向も異なり、同じ症状でも使用する薬も変えたほうが良いことがわかっています。

このような陰陽虚実の証は、必ずしも「どちらかに分かれる」という事ではなく、「どの程度、どちらよりか」という程度とバランスの問題になります。

気血水

次に、気、血、水の解説です。誤解を恐れずに思い切って超シンプルに説明すれば、「気」は目に見えないエネルギー「血」は実体化された血や肉、皮膚、臓器といった目に見えるもの、「水」は体の水分(血液ではない体液)の分布になります。(わかりやすさを優先し、ちょっと言い過ぎなのでご専門の先生からはお叱りを受ける表現かもしれません)

この三つには一般的な異常の出方、方向性があります。「気」の異常として、気虚、気滞(気鬱)、気逆といった状態があり、「血」には血虚、瘀血(オケツ)と呼ばれる状態があります。「水」については水滞(一部は痰飲)と呼ばれる水分のアンバランスがあります。

もう少し踏み込んで詳しく解説すると、「気」は消化機能を含み、食べたものが消化吸収され、元気(精神的な活力)、エネルギー(栄養)として体に供給されるシステム全体を表します。この吸収、流通量が少なくなれば気虚、滞ってしまえば気滞(気鬱)、供給過多で逆流するのが気逆です。

「血」は吸収されたエネルギーが体の隅々に循環し、血と肉に実体化される過程(循環と実体化)になります。運ばれなくなれば血虚、滞って戻って来れずに渋滞する時は瘀血と呼ばれます。

「水」は水分の分布の異常で、むくみやめまい、耳鳴り、消化液、関節液、脳髄液、尿の異常などに関係する体液で、その分布が異常をきたしてしまう時が水滞です。一言に水滞といっても、若い人ほど水分量が多く、年齢を重ねると乾燥傾向になり、年齢や病態により出やすい症状が異なり、同じ水滞でも考え方や治療法が異なります。

このような気血水の一つ一つの異常が具体的にどのような疾患につながるかをお伝えしたいところではありますが、相当長くなってしまうので、また別の機会にさせてもらいたいと思います。

「陰陽虚実」「気血水」の異常について解説してきましたが、この偏り、異常を診察や問診で詳らかにしてゆくのですが、裏を返せば、このような異常な状態に陥ったときに効果を発揮する薬(の候補)がある、という事にもなります。

今回は、陰陽虚実、気血水についてお話しましたが、いわゆる「証」と呼ばれる東洋医学診断のパラメーターはこの他にも色々とあり、生活の習慣、体質などをお聞きしたり、手首の脈や、おなかの所見、舌の状態などを四診と呼ばれる診察法で捉えてゆきます。患者さんの自覚症状である「主訴」と、体質から見いだされる数々の「証」により「病状の分類」をしながら、より効果を発揮する可能性の高い生薬と方剤(生薬の組み合わせ)を考え、処方してゆきます。西洋医学でいうところの聴診などの診察、採血検査、画像検査が、漢方では五感を駆使した「証」になり、独自の方法で細かな分類をしてゆきながら(体質と症状を紐解きながら)診断と処方につなげてゆきます。

という事で、長々と東洋医学的な診断、証について解説をさせて頂きました。最後に、多少個人的な意見を書かせていただきたいと思います。延々と書いてしまったように西洋医学的な診断過程と、東洋医学的な診断や考え方はかなり異なります。というのも、この両方の診断を同時に行ってゆくためには、単純計算すれば、二倍の思考量、情報量、診察時間がかかります。しかしながら保険診療として漢方診療にを行う場合は、特別な手当はなく、一般薬と同じ処方箋料であり、漢方薬の処方箋としての「特別な料金」も計上されません。(自費診療をお受けになる際はまた別です)

この辺りに多少の不満が無い訳ではありませんが、それでも患者さんのつらい症状が治ったり、一般西洋治療で治らない症状が改善すると、やはりこの治療体系を受け継いで、西洋医学との融合をしながら研鑽し、可能であればさらに広めてゆきたいと思います。

日本は保険診療で漢方を処方できる稀有な国の一つです。保険が適応される漢方があるというだけでも、ある意味日本医療の至宝であります。逆に言えば、漢方診療に高額な特別料金がかかってしまうと、明確なエビデンスを構築しにくい漢方治療がさらに敬遠されて、ただでさえ廃れかけている治療体系の寿命が、さらに短くなってしまう可能性も心配です。

このような理由から、診療の際には診察時間や、お待ち時間が長くなってしまったり、関係ないと思われるような診察があるかもしれませんが、どうかご理解とご協力をお願いできますと幸いです。

長々と書いてしまいましたが、最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。終盤に個人的な意見を綴ってしまいましたが、なにか気になる症状がありましたら、遠慮なくご相談ください。

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