- 2月 20, 2026
虚証の漢方
やっとと言いますか、この記事を書くためにブログを始めたといっても良いような、思い入れのあるトピックになります。漢方にご興味のある方は是非ご一読いただきたければうれしい限りです。
これまでの解説の中でも、たびたび「実証」とか「虚証」という単語が出てきましたが、そもそも、この実証と虚証について、詳しく解説できていませんでした。というのも、この二つを分けるものはイメージ、フィーリングに近く、明確な数値にできるようなものではないからです。
かつて香港のカンフースターが、映画の中で
「 考えるな! 感じろ!! 」 ホワチャャッ!!
という名言(?)を残しましたが、まさにそのような言葉では説明しにくい世界です。

ざっくりいえば、「実証は体格ががっしりしている人」、「虚証はやせている人」というようなイメージがわかりやすいのですが、では、体重が何㎏以上、で、筋肉組成が〇〇%以上の人などと分けられるものでもありません。あえて簡潔に虚証を表すとすれば、体のいろいろなところの「エネルギーが足らない」状態と言えるかもしれません。
また、単に病気がちであるとか、体が弱いという事だけでもありません。よくポイントとして挙げられるのは、体力の有無や(体力とは何ぞや?という問題はありますが)、体格や骨格がしっかりしているか、声の声量、汗をかくか、筋肉質か、肌の艶、舌の厚さ、舌苔の性状(舌の表面の様子)、腹部の張り、便秘傾向か下痢傾向か、物事に積極的か消極的か、性格が直情的か、冷静悲観型か?などがあります。ただ実際はこれらの要素が混じりあっており、どちらに分ければよいか、判断が難しいこともあります。


また瘦せていて虚証に見えても、ひどい便秘の人は、一時的に実証と捉えることもあります。また、鬼の霍乱ではないですが、がっしりタイプで実証と見える人でも、何らかの要因で、一時的に虚証に陥ってしまっていることもあります。この辺りは本当に難しいところです。根本的には、抗病反応という、病気やストレスに対する反応性の違いと言われます。刺激やストレス、病気に対してエネルギーを消費して激しく反応し、全力で抵抗する人もいれば、省エネタイプであまり強く抵抗、反応せず(できず)に発熱なども少なく、結果的には些細な風邪でも、急激に短い時間で悪化してしまう方もいます。


診察の際には見た目はもちろん、歩いている姿や声量、受け答えの様子、いつもの様子との違いや、問診内容などからこの反応の違いを判断します。
虚証の治療の考え方について
虚証の人の治療を考えるときには、いくつかの要素について考えてゆきます。
極論ですが、自分が考える虚証の人の治療を考えるときの基本ポイントは 「食う、寝る、遊ぶ」 です。ある意味、元気に生きるためには欠かせない生命活動の基本です。
まず食べられないと、生命活動、免疫力、体力などがままなりません。虚証の治療を考えた時に、食欲があるか、食べ始めてすぐにおなか一杯にならないか、消化機能は保たれているか(すぐに下痢をしてしまうことはないか)などの不調があると、まずここから治療開始です。
そして、次に大切なのは睡眠です。横になっている時間は長くても、実際にしっかり睡眠がとれているかというと、実はそうでもない方がいらっしゃいます。しっかり睡眠をとるときは、実はそれなりに体力が必要です。体力がないと、寝付けなかったり、眠りが浅く、寝汗をかいたり、朝もいつまでも起きられないなどの症状が出ます。そして、少し動いたりした後や、食後にすぐ横になりたくなってしまう方はやはり虚証になります。また、座っているときにスツールや机の上などに「足を高く上げがちな人」、寝ているときにも少し足を上げると楽だとおっしゃる方は虚証の疑いがあります。
そして「遊ぶ」です。もちろん賭け事などの「遊ぶ」ではなく、出かけたり体を動かすような遊びや、他人との交流という意味での「遊ぶ」です。人間、基本的に元気がないと遊ぶ気力もわきません。自宅に閉じこもりがちであったり、準備して着替えて外出するのがおっくうに感じるときは、虚証の傾向になっている可能性があります。いうなれば、体力の低下と、精神的な活動性の低下(抑うつ傾向)という側面です。

虚証の症状の分類
さて、虚証の症状について、いろいろと上げて参りました。これらをもうすこし「学術的」、「東洋医学的」に解説すると、気血水と五臓により虚証を分類して検討することになります。「なんのこっちゃ?」と思われるかもしれませんが、この辺りが漢方処方のわかりにくいところです。二元論的に「実証、虚証どちらかに分類」という事ではなく、実証と虚証が混ざり合っていることもありますので、それを細かく分類して、少しでも治療効果を上げようという診断方法になります。
具体的には、血虚、気虚、陰虚、陽虚、さらには五臓の虚証(脾虚、腎虚、肺虚、肝虚、心虚)のように表現されます。ちょっと難しい話になってしまいますが、これらも数値で表せるものではなく、例えば「血虚」であれば皮膚が弱くバリア機能が衰えている、爪が割れやすい、髪の毛が薄くなっているなどが当てはまります。それぞれの虚について解説し始めると、かなり長くなってしまうので割愛しますが、一言で「虚証」と言っても、その中にはいろいろなタイプがあり、それに対応する漢方薬もたくさんあり、さらにその組み合わせをアレンジできるという事でもあります。それぞれの「虚」については、今後もこのブログの中で触れてゆこうと思います。

虚証と総称されるこの辺りの症状や所見は、西洋医学ではあまり評価されず、治療も難しいのが実情です。別に西洋医学を蔑んでいるわけではなく、見ている場所、得意とする治療が違うという事です。
西洋医学は西洋医学で、東洋医学にはないエビデンスや、科学的論理に基づく治療法が確立され、効果も保証されています。その代わりに、なんとなく「元気がない」、「食欲が今一つ」、「睡眠が浅くて眠れた気がしない」等の、数値では表しにくい「ふんわり」とした症状は、西洋医学にとって少し苦手な部分です。
しかし、実際はこれらの「数値にはできない症状」で苦しんでいらっしゃる患者さんも多くいらっしゃいます。そしてさらに多くの方が、このような「ふんわり」とした症状も「ある程度は治療ができる」という事をご存じありません。
ご高齢の方、虚弱体質と言われている方、食欲が落ちてしまったり、元気がない、風邪をひきやすい、冷えが強くて冬がつらい方など、多くの症状に効果が期待できます。改善までに時間がかかることは多いのですが、少しずつ食事がとれて、睡眠が充分にとれて、ある程度は身体も動かせないと、治るものも治りません。

「自己治癒力を高める体の基礎作り」を漢方でかなえてみませんか?
実際、虚証になっている方は、「受診する意欲さえ衰えてしまっている」こともあります。
「こんなことで相談したら怒られるんじゃないか?」
「疲れているだけだから、薬を飲むより自宅で寝ていれば回復するのではないか。」
という具合に、マイナス思考になってしまうのも虚証の特徴です。
もちろん、漢方ですべての不調が漢方で治るわけではありません。また、ご自身でしっかり食べて、よく眠ることができれば、自然回復の希望もあります。しかし様子を見ているうちに虚証が進むと、食べることはおろか、「眠ることもままならない」ことが往々にして見られます。マイナス思考になり、虚煩(きょはん)といって、そわそわしたり、被害妄想や、心配事、不安が増えてしまうこともあります。これは周りの人にはあまり理解してもらえず(面倒くさがれることもあり)、「心配のしすぎだよ」とか、大丈夫ではないのに「大丈夫」と言われたり、「弱っている状態にさらに鞭うたれる」ような形になり、ご本人もかなり苦しい思いをされます。
もし思い当たる節がありましたら、次に紹介するような漢方や、東洋医学を勉強している漢方医にご相談をいただければと思います。虚証の治療は、一朝一夕に改善、完了するものではなく、
弱った一本の木を、ゆっくり見守り育てる
ようなイメージです。多くの方剤は、まず消化機能を高めるところから始めることが多くなります。時間はかかるかもしれませんが、その都度、症状や回復の程度を診ながら処方を変えてゆきます。どうかゆっくりとお付き合いください。
それでは下記にいくつかの代表的な虚証に対する漢方を紹介してみます。
虚証に対して用いられる代表的な漢方
補中益気湯
食欲がないとき、元気が出ない時に使用されます。気力がわかない、食後にすぐ横になりたくなる、手足がだるいなどの症状があれば、まずはこちらを服用してみて様子を見ることが多い処方です。
六君子湯、四君子湯
食欲がない、食べ始めるとすぐにおなかがいっぱいになる、食べ物を見るのもつらいなどの症状に処方されます。食欲を出して、食べる量を少し増やしてくれます。胃の中の「水」をさばくと言われますが、胃の不調を和らげる薬です。ただ内服して食欲が出たからと言って、食べすぎにはご注意ください。
十全大補湯
食欲は落ちていても、ある程度は食べられており、血肉のエネルギー不足(やせてしまったり、筋力低下、皮膚の不調、髪が薄くなったり、爪割れるなど)、上の記事でも触れた「血虚」に用いられます。また、出産後や、病後や手術後の体力低下などに用いられます。東洋医学でいうところの気虚と血虚の合併である「気血両虚」に対して用いられ、食欲もすこし衰え、体重が落ちてきている状態に用いられます。ただ本当に胃腸が弱っている方はこの処方でも胃もたれが出てしまうことがあるため、上記の補中益気湯、四君子湯などを先に使用することがあります。
人参養栄湯
十全大補湯と同じく、気血両虚に用いられますが、咳や、不安が多かったり声の不調があるときにはこちらを選択します。どちらかというと十全大補湯に比べ、より高齢者に用いられるイメージです。食欲と身体に加え、心理的にも衰えがみられるときに使用されます。フレイルと呼ばれる筋力低下、体力低下を伴う時にも良いとされています。認知症にも効果があるのでは?というお話もあります。甘草という生薬が上記の十全大補湯などより僅かですが少ないため、低カリウムなどの副作用が低くなります。採血でのカリウム値が低めで甘草を含む漢方が使いにくいの時にも選択肢の一つになります。
加味帰脾湯
上記の人参養栄湯を使いたいような症状で、食欲や体力の衰えもあるものの、特に精神的な症状が強いときに使用されます。眠れない、イライラ、不安などがつよく、しかも虚弱体質という時などです。上記の人参養栄湯よりもさらに精神的な症状が強い方に使用するイメージです。
茯苓四逆湯
保険収載(医療保険で使用できる)されている方剤ではないのですが、人参湯と真武湯という処方を合わせて近似薬として使用されることがあります。冷えが強く、胃腸機能が著しく低下して、下痢や嘔気、全身倦怠感がつよく、重篤な水様性下痢や嘔吐を伴う感染性胃腸炎などにも使用されます。言い方が悪くて申し訳ないのですが、一時的な体力低下で歩くのも、立ち上がるのも大変な状態、「ヘロヘロ」になっているときに、気付け薬的な効果も期待して使用するイメージです。
小建中湯
お子さんの消化機能を改善するイメージが強い薬ですが、広範な疾患、病態に使用されます。やや冷えが強めの方で、胃腸がちょっと弱っているとき、少しずつ胃腸を強くしたいときなどに使用されます。なんとなく食が細い、冷えるとちょっとおなかの調子が悪くなる(温めると調子が良い)、なんとなくおなかが張るなどの症状に使用されます。これに別の生薬を少し加えて、黄耆建中湯、当帰建中湯、中建中湯などとして処方されることもある薬です。明らかに虚証というよりも少し虚証によってきている方に処方する印象です。腸管が強く炎症を起こしている際は(いわゆる胃腸炎などの時は)あまりお勧めできません。
八味地黄丸(牛車腎気丸)
よくテレビや新聞広告などでも見かけるこの方剤ですが、意外に使いどころは難しいと考えています。というのも、生薬の中に、少し胃に障る成分があり、人によっては胃腸障害で食欲が低下してしまうことがあります。また体を温めて、心拍出量を増加させる力もあり、人によっては(特に感受性の高い方は)動悸や不整脈が出たり、ほてってしまうことがあります。しかし、いわゆる老化現象には効果があり、排尿の問題、足のしびれや痛み、筋力の低下、髪の毛が薄い、皮膚が弱くなったなどの症状に対して用いられ、改善が期待できます。食欲もあり元気だけど、なんとなく衰えてきた、という時に重宝する薬です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。虚証の漢方について思いつくままに書いてしまいました。どうしてもイメージの世界の話になってしまい、なかなかわかりにくい部分もあると思います。ただ、虚証の治療のおおまかなポイントとしては、「体や心のエネルギーの不足」に対して、少しずつ、ゆっくりと「栄養と活力を行き渡らせる」という治療になります。何か気になる症状がありましたら、どうぞお気軽にご相談ください。