- 6月 3, 2025
梅雨の養生と漢方
今回は、シトシトと雨の続く 「梅雨」 の時期について、東洋医学的なお話をさせて頂きたいと思います。
5月も終わり、6月に入ると、アジサイの美しい梅雨の季節がやってまいります。本格的な夏に入る前の雨の多い季節ですが、雨に濡れた新緑、雨音などの風情、情緒もある反面、ジメジメがうっとうしいと思う方もおられると思います。

この時期は本格的な夏に入ってからの「夏バテ」を予防するための 「準備期間」 でもあります。東洋医学的な養生としても、いくつか気を付ける点があり、よく使用される漢方もありますので、少し解説をさせて頂ければと思います。
梅雨の時期に生じる不調とは?
まず、気を付けるべきは当然ながら 「湿度」 の上昇です。湿度が高くなると、ジメジメが続き、カビも生えやすくなり、アレルギーや肌のトラブル、後述するような胃腸系の不調が起きやすくなります。体内の水の代謝が悪くなることで、体内の水分バランスが崩れるといわれています。具体的な症状としては、体がだるくなる倦怠感や、むくみ、めまい、耳鳴りなどの 「水の異常」 が起きやすくなります。また、天気による頭重感や頭痛、食欲の低下、下痢などの消化器症状、関節痛などが出やすくなります。大袈裟な例えかもしれませんが、体の中で、部分的に水が溢れる 「洪水」 が起きているイメージでしょうか。

湿度の異常ともに、気温の変動にも注意が必要です。近年はジェットコースターのごとく気温の変化が激しく、体の調節機能が追い付かない方が多くいらっしゃいます。しかもそこに高湿度の状態が加わります。 「少し風邪気味かな」 と様子を見ていたら、みるみる体調が崩れて、そのまま食欲低下、下痢嘔吐などが起きることがあります。寒暖差などで自律神経が消耗し、体の免疫力が気が付かないうちに低下しがちです。普段ならすぐに改善する不調も、だらだらと長引いたり、悪化してしまう方が多い印象です。
梅雨の時期の東洋医学的対策は?
このような時期の対策としては、まずは水分バランスが大切です。夏が来る前の梅雨の時期でも、「しっかり水分をとるように」 とテレビや様々なサイトでも繰り返されています。しかし、うがった見方になってしまいますが、脱水が心配だから「とにかく水分を取ればいい」というメッセージにもとられがちです。東洋医学的には、これが当てはまるのは体力、とりわけ胃腸の丈夫な実証の人です。胃腸の弱い虚証の人がこのスローガンを真に受けて、無理して大量の水分を摂取すれば、あっという間に体調を崩し、消化不良、嘔吐、腹痛、下痢、電解質異常、血圧変動などにもつながります。

消化機能に自信のある方 「以外」 は、口渇、肌艶など体調を診ながら水分摂取の 「調節」 を心がけてください。本格的な夏の前であるこの時期は、せっせと水分をとるというよりは、「汗をかいたときには、その量に応じて水分摂取を心がける」 という考え方でよいと思います。また、尿の色が濃い場合は脱水の可能性があるので(まれに血尿という事もありますが)、可能であれば用を足すときに「色の濃さ」を確認するとよいと思います。

さらに、当院の外来では心臓疾患のある方も多く通院されています。心不全のある方があまりに水分や塩分を多くとれば、増加した分の血液が心臓から拍出されず、余った水分が肺に染み出て、肺水腫という呼吸困難を起こすことさえあります。心疾患をお持ちの方、特に利尿剤などを服用中の方は、毎日の体重を測りながら、水分摂取の量を調整することをお勧めしています。そして、これは何も心疾患のある方だけでなく、一般の方にも当てはまります。
というのも、湿度が高いと意外と口渇感が感じにくくなる方もいらっしゃいます。こういう場合は水分摂取の指標がなかなか難しくなります。この時にこの 「体重」 が一つのバロメーターになります。ただ、可能であれば500g単位ではなく、 「100g単位」 の測定が可能な体重計をお勧めしています。普段の標準体重を知っておけば、効率よく細やかに体内水分量を反映してくれます。水分摂取量に迷いがある方は是非ご参考にしてください。
梅雨時期は消化機能の低下が起こりやすい
また、湿度が高い時期は消化機能が低下しがちな時期でもあります。普段は特に問題なくても、この時期に毎年、消化器症状を訴える方がいらっしゃいます。一概には言えませんが、湿度だけでなく、気圧や気温変化も自律神経を通して、消化管に影響している可能性があります。潰瘍性大腸炎や過敏性腸症候群など腸の疾患を患っている方も特に注意が必要です。対策としては、消化の良いものを選んで食べることです。また、ゆっくり食べる、温かいものを食べる、食べ過ぎ、ドカ食いや、夜遅くの食事は控えめにするなどが大切です。また自律神経を整えるために、軽い運動、10分でよいのでラジオ体操もどき(自己流でよいです)と柔軟体操などをするだけで違いが出ると思います。ただ、寝る直前は睡眠に影響するので、激しい運動はお勧めしません。
また、意外な落とし穴は、夜間の体の冷えです。それほど気温は高くなくても、「湿度」が高いとなんとなく寝苦しくて掛物をはいでしまいがちです(自分がそうです)。その状態で朝起きた時に 「寒いな」 と感じるときには、結構、体全体がすでに冷えています。朝起きた時点であまりに体が冷えていると、その日、丸一日引きずってしまい、体調の悪さを感じることがあります。続けて体調が悪化してゆくきっかけにもなります。冷え性の方は特に、少なくとも胃腸(おなか)だけは冷やさないよう、寝具の調節や、腹巻などもご検討ください。

この時期に汗をかくこと
もう一つの養生のポイント、それは 「汗をかく練習」 です。冬の時期には汗腺が閉じてしまっており、最初は思うように汗が出ず、とくに初夏の汗は、いろいろな不純物(蛋白、ミネラルなど)を多く含む汗が出るといわれています。またそのような 「かき始めの汗」 は、汗をかくこと自体が体力を消耗するようです。すると必要な栄養素も体力も失いがちになり、7月以降に本格的に暑くなってから、いきなり大量の汗をかくと、大きく体力を消耗します。また、夏の暑い盛りにこのような汗が出ると、臭いの原因になったり、塩分が多くべたつくため、不快感も増し増しになります。倦怠感、ビタミンやミネラル不足を助長することにもなり良いことなしです。まだそれほど気温の高くない、この梅雨の時期に、練習として少し汗をかいて、来るべき夏に備えることは大切と考えています。
ちなみにですが、以前 「辛い物を食べて出る汗がこの練習になるか」 という質問をいただいたことがありますが、暑さで出る温熱性発汗も辛いもので出る味覚性発汗も、 「エクリン汗腺」 と呼ばれる発汗組織からの分泌のため、個人的意見としては効果もありそうですが・・・、明確なエビデンスを持ち合わせておりませんので、何ともお答えしにくいところです。あしからず、ご容赦下さいませ。
梅雨の時期のおすすめの漢方
正直、梅雨の時期は漢方の内服よりも上記のような「養生」が大切です。この時期に体調を崩すと、そのまま夏に入り、夏バテにつながるリスクが上がります。ただ、明らかに不調が出るときには、以下の漢方などをご参考に、早めの対処につながれば嬉しいかぎりです。
「五苓散(ごれいさん)」「苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)」
漢方を代表する水の調節薬です。このブログでもおなじみの処方です。体の水分の少ない所に水を補い、多いところからは除くという何とも不思議な薬です。むくみ、めまい、下痢嘔吐など、いろいろな効能を持っています。脳外科の手術の後で、脳の浮腫を抑える力も認められています。めまいの症状でも、立ち眩みの強いときには苓桂朮甘湯をお勧めしています。
「平胃散(へいいさん)」
おそらく夏の漢方でも紹介すると思いますが、食べ過ぎ、胃もたれの漢方です。先の五苓散と合わせて「胃苓湯(いれいとう)」として処方することもあります。
「人参湯(にんじんとう)」
同じく消化器系の薬ですが、冷えると下痢をしがちな方に使用します。いわゆる虚証の冷えやすい体質で、寒いところにいて、その後消化不良がおきたり、おなかを冷やして下痢をしやすい方にお出しします。さらに症状が強い方(特に浮腫みのある方)には「真武湯(しんぶとう)」という方剤と合わせて「茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)」として処方することがあります。エアコンや薄着、夜間に雨に濡れて冷え切ってしまったようなときに、体が非常に弱っている状態、精神的な不調を伴う場合に使用します。
「防己黄耆湯(ぼういおうぎとう)」
やはり水を調節する薬ですが、体にたまった余分な水を外に出す働きを持っています。特に足などが浮腫みがちで、やや汗かきの傾向、湿度が高いときに悪化するような関節痛があるときはよく効く印象です。
以上、梅雨の時期の養生と漢方の解説でした。本格的な夏を前に、少しずつ暑さ対策の準備をしてください。何か気になる症状、漢方などがありましたら、どうぞお気軽にご相談ください。